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▲八田保命酒舗酒蔵
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リキュールとは

リキュールの歴史
本におけるリキュールの歴史は、屠蘇(とそ)から始まります。
屠蘇は、清酒やみりんに防風、桔梗、白朮、山椒、桂皮などの生薬を含む屠蘇散を漬け込んだものです。
胃腸の働きをととのえ、のどや気管支を保護し風邪を予防する効果があります。屠蘇は、中国の漢の時代に、華佗(かだ)と言う医者が発明したもので、日本に伝わったのは平安初期の嵯峨天皇の時代(811年)と言われています。

室町時代には菊酒が登場します。江戸時代の『本朝食鑑』によれば、菊酒には2種類あり、1つは菊漂水を用いて清酒を造る「加賀の菊酒」。
もう1つは、菊花を焼酎中に浸漬し、数日後に煎沸し、氷糖を加えた「肥後の菊酒」です。
加賀の菊酒は、野生菊の滴を受けて流れる手取川の水(菊漂水)で醸造した清酒です。
中国では、菊漂水には特別の力があり、不老長寿の薬になると信じられていました。
肥後の菊酒は、その製造方法や薬として用いられている使用方法からも、西洋のリキュールと同じ生い立ちとなっています。
紫蘇梅酒

薬用酒や薬味酒 (以降あわせて「薬酒」と表記します。
江戸時代に多く創製されましたが、当時は医術が十分に行きわたっていなかったこともあり、万病に効く薬として重宝がられました。
江戸時代中期に刊行された図説百科事典『和漢三才図会』には「現在飲まれている薬酒は本草綱目に記載されているものが多いが、わが国古くからのものも少なくない。
紀州勢州の忍冬酒、賀州肥後州の菊酒、南都の霙酒、浅芽酒などが有名だが、その他数えたら枚挙にいとまがない」と書かれています。

明治以降になると、幕藩体制の崩壊により、庇護されてきた薬酒造りが解禁され、薬酒商たちが様々なレシピの滋養強壮のためのリキュールを売り出しました。

日本を代表するリキュール梅酒は、江戸時代の頃から作られるようになりました。
梅自体は奈良時代以前に中国から烏梅(うばい)という薫製の形で伝わっていましたが、梅干しが造られ始めるのが平安時代、梅酒はさらにもっと後の時代になります。
梅酒という言葉は、元禄8年に書かれた『本朝食鑑』に初めて登場します。

薬草・香草系
薬酒は、主にみりんに桂皮(けいひ)、地黄(じおう)、丁子(ちょうじ)や、サフランなど生薬の草根木皮や
反鼻(はんぴ)(マムシ)を漬け込んだものが多く製造されています。
製造メーカーによって生薬成分の選択、配合は若干異なっており、香味の特徴にも反映されます。
これら薬草は、滋養強壮の効能を持っています。滋養強壮とは、人間の持つ自然治癒力(恒常性を維持する働き)を整えるとともに、これらが弱ることによって起きる症状や体質を改善し、体を本来の健康に導くことをいいます。また、生薬の特性として、それぞれの薬効のほかに、2種類以上を組み合わせると、組み合わせ方によっては、効能の幅を広げたり、強め合ったり、また別の効能をあらわすという性質があります。
これを生薬の協力作用といい、微量成分を含む生薬全体の成分の結びつきとその働きによって生まれるのです。このため、何種類もの生薬が配合されているのです。
さらに、薬酒等に含まれるアルコール分は、消化の促進、末梢血管の拡張、保温などの効能があり、また、糖分は、生体内でのエネルギー源となるなど大切な役割を担っています。

他に、草ではありませんが、マムシやハブを焼酎に漬けたマムシ酒、ハブ酒や、朝鮮人参、冬虫花草、鹿茸(ろくじょう)、雪蓮花(せつれんか)などの漢方生薬を漬けた薬酒も滋養強壮を目的として製造されています。
漬込中の杏 南 高 梅 桂河(生薬) 丁字(生薬) 朝鮮人参

果実系梅酒や杏酒は、日本を代表するリキュールです
梅の実や杏の実をアルコールと糖類(杏酒では浸漬時には無糖の製造法もある)に漬け、数ヶ月から長いものでは数年熟成させて成分を抽出します。
家庭でも手軽に作れることから、多くの人に親しまれてきています。
ここでは果実系に分類しましたが、

飲酒形態から見ると薬用効果も併せ持つリキュールです。

「赤たる本格保命酒の使用薬味類
サフラン 桂 皮 丁 字 陳 皮 菊 花 そ の 他
6 種 類
甘 草 高麗人参 黄 精
枸杞子
やまの芋

平成16年度の弊店「赤たる本格保命酒」
「オーソドックスな薬味酒の特徴がよく出ている」
高い総合評価を得ました

酒類総合研究所主催(洋酒・果実酒鑑評会・薬味酒部門)に
平成11年以来赤たるは毎年出品しています。
薬酒メーカーの銘柄は少なく、他の薬酒業者様は1~2年だけの出品となっています。
赤たる本格保命酒は上記草根木皮等16種類を使用して醸造しています。
ぜひ一度おためしになって下さい。